― バンズ ―

 ハンバーガーの定義は――?と聞かれれば、いつも「バンズ(bun …元は1つのパンで、これを上下に切って使う)と呼ばれるパンの間にビーフパティ(patty)を挟んだもの」と答えている。

 ハンバーガーの構造上、一番最初に口にするのは(より正確に言えば、歯を立てるのは)パティでなく、バンズの方である。その食感、風味、旨味――ハンバーガーの第一印象を決めるのはパティでなく、実はバンズなのである。
 味覚だけではない。その色、ツヤ、形――視覚的にもハンバーガーの印象を、さらにはキャラクターをも決定付ける。ハンバーガーにとってバンズは「パティを挟むもの」という機能的な役割をはるかに超えた、極めて重大かつ決定的なポジションを負っているのだ。

 バンズが美味しくなければ、きっとハンバーガーも美味しくはないだろう。脇役のようで脇役でない、しかし主役でもない――昨今のハンバーガーブームを陰で支える、そんな名バイプレーヤーに焦点を当てた。


峰屋
(みねや)

[東新宿]

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◆ vol.1 ◆
≪ご馳走≫バンズの誕生

 峰屋は新宿を中心に都内レストラン、カフェ130店近くにパンを卸すリテイルベーカリー。130店と聞くと、業務用専門の工場のような店舗を思い浮かべるかも知れないが、"まねき通り"という、ご近所付き合いに溢れた静かな商店街の途中に小さく売り場を構える、ごくごく小さな町のパン屋さんである。
 正午過ぎ、その小さな店の中は、配達時間を前にフランスパンやロールパン、バンズなどでごった返していた。食事パンが充実しており、中でもバゲットはあまりに有名で、その美味しさは、ときに仕入れたレストランが「売り物にしたくない」と思うほど――だとか。
 ハンバーガー用のバンズを卸すショップ、カフェは現在都合20店に及ぶ。ハンバーガーを食べ歩いている人なら、きっと一度は口にしたことがあるだろう峰屋のバンズ。ご主人・高橋康弘さんに、バンズに寄せる想いなどをお聞きした。


●今やスタンダードとなった峰屋のバンズ

 ツヤのあるふっくらとしたドーム型の外見と、酒種特有の少し苦みのある、クッとくぐもったような酸味――コレが峰屋の代表的なバンズの特徴だ。外に向かってパーッと開けるというより、ウチに旨味をギューッと凝縮させたようなバンズである。スタンダードバーガーズ(新宿ほか2店)、ASクラシックスダイナー(駒沢大学)、ゴローズダイナー(外苑前)などで登場する、アノ天然酵母バンズこそが峰屋である。これらの店のほかにも峰屋の感じにごく近い、「峰屋系」とも呼ぶべきバンズを使っている店も多々あり、今や峰屋は「都内バンズのスタンダード」と呼んで決して言い過ぎでない存在である。実際私にとっても、普段口にする機会の圧倒的に多い峰屋のバンズは、自然、バンズのひとつの「尺度」として位置付けられるようになっていった。


バゲットはあまりに有名

●峰屋のバンズのはじまり

 そんな峰屋さんがバンズを作り始めるきっかけとなったのは、今から9年前、都内ハンバーガーショップの草分け的存在である、本郷のファイヤーハウスから依頼を受けたときだった。
 ファイヤーハウスはオープン当初、別の製パン店のバンズを使っていたが、さらに理想に近いものが出来ないかとご主人に話を持ちかけた。ご主人はファイヤーハウスが使っていたバンズを口にし、求める味を分析した結果、「もちっとした」食感を重視しているのではないかと読み取り、これを表現するのに酒種(さかだね)を使うことを考えた――峰屋の酒種バンズのはじまりである(※ファイヤーハウスのバンズの製造は、現在は他のパン店に引き継がれている)。


●峰屋の考えたバンズ

 完成するまでに2ヶ月を要した。その間、ご主人が考えたことはおよそこんなことだった――ハンバーガーは全体のバランスがすべてである。パティとの相性、その他、中の食材の出力(ボリューム)も考え合わせ、何よりバランスを最優先させる。しかもこのハンバーガーは安い食べ物ではない。いわば≪ご馳走≫なのである。≪ご馳走≫であるからには、中身は豪華なのに、バンズだけが普段食べているバーガーと変わらない――ということでは許されない。バンズも≪ご馳走≫に相応しい美味しいものでなければならない。バーガー全体のバランスを引き出しながら、かつ「バンズが美味しい」という感想を持ってもらえるようにするには……さてどうすれば。

 さらにご主人は、次回またハンバーガーを食べるまでの「サイクル」に注目した。このバーガーは≪ご馳走≫ゆえに、一度食べてから次また食べるまでの間隔は、マクドナルドのようには短くないだろう。少なからず間は空くはずだ。頻繁に口にするものならクセのある味は飽きられるが、しかしたまに食べるものならば、多少印象の強い味の方がむしろ食べ甲斐として実感できるだろう。そこでご主人はバンズに多少の「甘み」を加えることにした――たまにしか食べられないコノとっておきの≪ご馳走≫には、仄かな甘みのする、とっておきのバンズが使われていて、顔を寄せれば粉の風味が香り、口中に心地よい後味を残す――これぞ≪ご馳走≫バンズである。

 しかし甘さが立ち過ぎれば、今度はバーガーとしてのバランスが損なわれてしまう。バターは甘みと言うよりコクとして抑えて使い、最後に残る酒種の酸味とともに隠し味として利かせたい。とびきりの≪ご馳走≫を演出する一方で、抑制の効いた隠し味によってパンの旨味をもしっかりアピールする――そんな緻密な設計と計算が、この一個のバンズには為されているのだ。


こちらはホットドッグ・バンズ。焼成前。

●バンズが焼き上がるまで

 では一体どのくらい手間のかかるものなのだろう。

 ご主人は夜10時に作業場入りして、深夜2時から仕込みを始める。作業の「サイクル」も、早起きする通常のパン屋さんとは少なからず違うようだ。各店のオーダーにより配合のそれぞれ異なる生地は、この時間までに既に10時間(生地によってはそれ以上)に及ぶ一次発酵を済ませた状態にある。イーストはほんの少量。酒種の天然酵母を使って発酵させるため、やはり時間はかかるのだ。

 一次発酵を終えた生地を分割、丸く成形して、さらに二次発酵。これにも5〜6時間。完全には発酵させ切らず、一歩手前で止めておく。こうすることによって生地の旨味がウチに蓄えられて、より深いコクと香りが生まれるのである。また、焼き上げた日の翌日以降の味の落ち方が少ないともいう。但しこの「一歩手前」の見極めは非常に難しい。長年の経験と勘がモノを言う瞬間だろう。

 そして焼成(しょうせい)。焼き上がるまでに15〜20分。オーブンから出した後しばらく常温で置き、都内各店には午後配達される。

 一次発酵前のミキシングや捏上(こねあげ)から数えれば、おそらくのべ20時間近く、いや、ほぼ丸一日は要しているのではないだろうか。丸一日がかりでやっと出来上がったバンズが、食べるときには僅かの10分……。今日はもっとじっくりと味わって食べてみようか――と、この記事を読んでそう思っていただけたなら、ちょっと嬉しい。【つづく】

 次回 vol.2「峰屋の考えるバンズとハンバーガーの未来形」

― shop data ―
所在地:東京都新宿区新宿6-17-12
都営大江戸線 東新宿駅歩10分 地図
TEL:03-3351-6794
営業時間:9:00〜19:00
定休日:日曜、祝日


2006.12.1 Y.M